かたり、と筆が置かれる音が静かに室内に響く。
続いて少量の紙を整える音。
それら全ての音が止んだ時、それの音源となっていた者――――朽木白哉は静かに座していた席を立ち、音もなくその場を後にした。 死した魂魄が集い、現世へと還るまで拠り所である霊的世界―――尸魂界。
その中枢に聳える瀞霊廷を守護し、彷徨える魂魄の運行管理を管轄とする護廷十三隊。
その内の六番隊隊長である白哉は、全ての死神の規範とも言える四大貴族が一つ、朽木家の現当主でもある。 今現在、白哉が進んでいるのは朽木家の屋敷の廊下。
一月も終わりに近づく今日、まだまだ寒風が緩く吹く中、白哉はとある場所を目指し黙々と歩いていた。
古来の日本にあった寝殿造に模した屋敷の廊下には、これまた広大な庭に面している。
角を曲がると、その庭の一角を静かに眺める人物を視界に認め、白哉はそっと嘆息した。 「一護」 名を呼ばれた人物は視線を庭から白哉に移し、屈託なく笑った。 「白哉。終わったのか?」 現世に生きる人の身ながら死神の力を宿す少年―――黒崎一護。
良くも悪くも浅からぬ縁をもつ少年に向かい、白哉は労わりの言葉をかける。 「待たせてすまない。寒くはなかったか」
「や、平気だって。こうして火鉢も用意してもらったし。それに……ここの庭を見るのは好きだからな」 そう言って再び庭に視線を移す一護に白哉は目を細めた。 その異彩な見た目や普段の破天荒な行動から想像しにくいが、存外一護は静寂を好む。
もちろん気の合う友人たちと他愛のない話で賑やかに時を送るのが常ではあるが、こうして一人静かに在る時間も嫌いではないのだと以前話していたのを覚えている。 「なぁ、ちょっと気になったんだけど」 しばし物思いに耽っていた白哉の思考は、一護の声音に浮上させられた。
見れば、その鮮やかな橙色の髪にも劣らない綺麗な琥珀色の瞳が、真っ直ぐ白哉を映している。
それを内心眩しく思いながらも決して表情には出さず、抑揚のない声で聞き返した。 「何だ」
「や、大したことじゃねぇんだけど…あそこに植えてあるのってさ、椿か?」 一護の指差す方向を視線で追えば、様々な植物が美しく咲き誇る庭園の中にひっそりと花を咲かせる植木が目に留まった。 「いや…あれは山茶花だ」
「サザンカ?」 聞きなれない言葉だったのだろう、鸚鵡返しに返ってきた言葉に白哉は説明を加える。 「椿の仲間ではあるが開花の時期が異なる。春に咲く椿に対して山茶花は冬に咲く……一番の特色は花弁の散り方だ。椿は花ごと落ちるが、山茶花は花弁が一枚一枚落ちていく」
「へぇ〜…」 淀みなく紡がれる言葉に一護は素直に感心の息を漏らした。 「気に入ったのなら手持ちにこさえさせるが」
「いや、いい。持って帰ったって飾る場所なんかねぇし……それに、ここにある方が花も咲き甲斐あるだろ。こんな綺麗なんだし」 そういって笑う顔は穏やかで普段はきつく寄せられている眉間の皴も心なし緩い。
白哉も無理に押し付けることはせず「そうか」と静かに言葉を紡ぐに終わった。 そうして二人無言で庭を眺めていれば、見知った霊圧が近づいてくるのが分かった。 「一護!!」 そうして姿を現したのは白哉の義妹であり、一護にとって最も馴染み深い死神、朽木ルキアだった。
小走りに廊下を渡り、義兄と決して浅からぬ付き合いの少年の下へと馳せる。 「兄様、御政務ご苦労様です」
「うむ。して何用だ、ルキア。急ぎのようであったが…」
「はい。夕餉の支度が整いましたので、お伝えに参りました」
「え、もうそんな時間なのか?!!」 それまで兄妹のやり取りを黙って聞いていた一護が、慌てたように声を上げた。
見れば確かに日が傾いていて、そろそろ夕刻と呼べる光景が眼前に広がる。 「共に食していけばよかろう」
「え?!!けどよ…」
「遠慮するな、一護。どうせ今から帰っても、門限には間に合わぬであろう?」 一護の家は今時珍しい程にしっかりと門限が定まっている。
それに文句を言いつつもきっちり守っている所に、彼の生真面目さが伺えた。 「つってもいきなり部外者の分用意させたら悪いだろ」
「案ずるな!!前もって使用人には言いつけてある!!」 なおも渋る一護にルキアが間髪いれずに反論し、最早断るにべもない。 「じゃあ…お言葉に甘えて…」 そう告げれば喜色を浮かべたルキアが存外強い力で一護の腕を引いた。 「うおっ?!!ルキア?!!」
「そうと決まれば急ぐぞ!!今日の料理はいつもより豪勢でな、一護が好んでいるものもあったのだ!!」
「わかったから引っ張んなって!!っと、悪ぃ白哉!先行ってるぜ!!」
「ああ」 あっという間に視界から消えた二人を白哉は穏やかな顔で見送っていた。 双極の丘で心に秘めた気持ちを吐露して以来、ルキアはぎこちないながらも朽木の屋敷で感情を露わにすることが多くなった。
白哉も言葉数は少なくとも、義妹に対する感情を以前より前に出すようになっていた。
特に、一護がこの朽木の屋敷を訪れた時はそれが一層顕著な気がする。 「…私も甘くなったものだ」 あれほど頑なだった掟第一に従う心根は、己の護るべきものを見誤ない決意へと羽化を遂げた。
ふと庭に視線を移せば、見る者を優しく包む夕闇に彩られた山茶花が揺れていた。 それに小さく笑みを落とし、賑やかになるであろう夕餉の席に向かうべく白哉は足を踏み出した。
大分前に書いて携帯サイトに上げたヤツです。 余りの文体の古さに思わず手直ししてしまった…(遠い目) 白夜と一護の二人は、こんな風に静かに過ごしてる風景が似合う気がします。