「ま、まさか転校してきたばかりの教え子を無理矢理……い、いえ、そんなはずないわ!!違うわよね、七代君?!!」
「……どう応えるべきなんだろう」
「……有るがままに真実を告げればよいのではないかえ?」
「ったく……落ち着け、この馬鹿娘」


10月某所、小さな神社の母屋での朝食の席にて、ちょっとした騒動が勃発。




日の本ならではの和食を美味しく頂き、千馗は転校二日目の朝を迎えていた。
……事情をまったく知らされていない担任に、こちらとしても予定外だった存在について尋ねられた時は若干固まったが。
当事者は年下に見られる事に大層不満があるようだが、そこは自分が模った容姿を省みて、妥協していただきたい。
家主に口止めを要されている以上、居候させて貰っている身としても問題を起こして迷惑をかけたくはないのだから。



「あ、七代さま!!おはようございますなのです」



元気に挨拶してくれた狛犬の神使に、口元を緩める。
徒人には視えないモノたち。
けれど、千馗にとって彼らは最も近しいモノたちでも在り得るのだ。



「やれやれ。仔犬ちゃんは朝から元気一杯ですねえ」
「あ、鍵さん」
「お早うさんです、坊」
「はい。おはようございます、鍵さん」



遅れて現れた狐の神使と談笑を交わしがてら、色んな『話』を聞かせて貰った。



《カミフダ》。《呪言花札》とその《番人》。そして此処、鴉羽神社。



少しだけ、懐かしい感覚だった。
昔は、こんな風によく、あの人に色んな『話』を聞かせて貰ったから。



訊くこと、識ること、視ること。


”オレのような人間”には、必要で大切な事。



「それじゃあ、今日のところはこの辺にしておきやしょう」
「はい。ありがとうございます、鍵さん」
「いーえ。お役に立てたんなら何よりですよ」



「まったく、御喋りな狐よの」



礼を告げた所で、当事者本人が降りてきた。



《呪言花札》の番人である白と、カミフダ回収を任務としている封札師である自分。
目指す所が同じだと言うのなら、否を言う理由もない



「其方のように縁も所縁もない者を執行者に選ぶ羽目になるとはの……まったく、ヒトは何時の世も不相応な力を求め、我らの眠りを妨げる……愚かしい限りじゃ」



心底不本意そうに顔を歪める白。
けれど、その言葉は、きっと正しい。




「……ヒトは眼に見えたモノ、耳で聴いたモノでしか、心の底から判る事が出来ない生き物だから」




視えなければ、識ろうとしなければ、真の理解を得られない。
ヒトはどこまでも、主観的でしか在る事が出来ないのだから



けれど―――




「………七代さま?」



遠慮がちな声音にはっとする。
三対の怪訝な瞳に、思わず苦笑した。
こうやって思考の内に入り込んでしまうのは、オレの悪い癖だ。


「ふん。まったく先が思いやられるの……狐、昨晩のあの洞は一体何じゃ」


どうやら上手い具合に話が逸れてくれたらしい。
最も、あの洞の事はこちらとしても気になっていたから、願ったりだ。


鍵さんの話によると、あれは元々あそこに存在していた地下壕が、呪言花札の影響を受けて変質したものらしい。
そして、それは他にも存在している可能性があるのだと。


鴉乃杜學園の地下に眠る西寄りの大洞―――故に、それは『秋の洞』と名付けられる。



「よいか、七代。其方は其方のやり方で札を探すがよい。札はより大きな力に惹かれる習性がある。妾以外にも札を手にした今、既にに其方自身が札を探す為の標じゃ」
「標、か……」
「何かあれば、妾もすぐに参る。妾の助け無しには、何かに取り憑いた札を剥がす事も出来ぬからの」
「ああ……分かった」



そして言うだけ言って満足したのか、白は鈴を伴って行ってしまった。
―――昔の人は塩気の効いた食物を好むものなのだろうか。



「やれやれ……さて、そろそろ時間ですよ。学校へ行かれるなら少し急いだ方がいい頃合だ」


言われてみれば確かにそうだ。
鍵さんに手を振り、足早に神社の鳥居を潜った。



―――そう言えば、一つ気になる事があった。



「妾たち……って言っていたけれど……白の他にも、花札の番人がいるのか……?」



だとしたら、早いうちに顔を合わせておきたいのだけれど。