技以て心を治め、心以て技を治む。
各々互いを補いて、天然の道、自然の理に循う。
人道、即ち天道であり之にて至誠の域へ到る―――これ所謂、規矩なり。


精神を統一して修練を重ねれば義は自ずから上達する。



心を貫く流儀―――これぞ、剣の道。





カアンッ!と木と木が打ち合う甲高い音が聴こえる。


近づき、離れ、また近づき―――
幾度となく繰り返されたそれは、荒く吐き出される息と共に終幕した。



「―――宍戸。そろそろ上がろう」

「……ッ押忍!!ありがとうございやしたッ!!」



軽く木刀を露払い、千馗は先程まで打ち合っていた相手に声を掛ける。
それに相手―――長英は勢いよく反応返し、頭を下げた。



「よぉ―――お疲れさん」
「―――壇?来てたのか」
「まぁな。……今更かもだが、結構やるじゃねぇか、七代。さすがあの洞でも長物使ってるだけはあるな」



目を細める燈治に、千馗は微かに口元を緩めて返す。


「……それで、どうしたんだ」
「ああ、もう上がるんだろう?どうせなら一緒に帰ろうと思ってな」
「なるほど。なら、ちょっと待っててくれ」



断りを入れ、千馗は木刀を手に長英の下へ向かう。
それに曇りない笑顔で応える後輩の姿。
燈治はそれを、何とはなしに見ていた。






「随分と懐かれたじゃねぇか」
「はは。宝方に続いて、いい後輩と知り合えたよ」



學園からの帰り道、二人は並んで歩いていた。



剣道部を襲った辻斬り事件が解決してから、少しの時が経った。
己の心と向かい合った長英は、事件以来、千馗のことを心底慕っている。



「―――大丈夫。宍戸は堕ちる事の怖さを知った。そして、そこから這い上がって来る事が出来た。最後の最後で踏み止まれたんだ。だから、もう間違えない。弱気になる事はあるかもしれないけれど、簡単に投げ捨てたりはしないはずだから」



言葉を紡ぐ千馗の声音は、穏やかで優しい。



「お前の一発も効いただろうしな」
「……悪かったな。出番を取ってしまって」
「何言ってやがる。あれはお前だったから、意味があったんだろ」



実際、見ていて気持ちのいい一発だったと燈治は思っている。
体格的には細身に入るのに、繰り出された拳は重いものだった。
それは、物理的な意味合いだけではなく。



『自分の限界を決めるのは、自分にしか出来ない事だ。―――宍戸、お前自身はどうしたい?お前の中にある剣、ここで折ってしまって一片の悔恨も残す事はないと言えるのか?』



それが、長英が一歩踏み出す引き金となった事は、間違いない。



「―――七代。お前、本当に何もやってこなかったのか。前にカレー屋で聞いた時は、『興味があるだけで習っていたわけじゃない』って言ってたけどよ」
「……わざわざ武道場まで出迎えに来た理由はそれか」



燈治が問うて来る事も予想していたのだろう。
千馗は苦笑しつつ、肩を竦めていた。




実際、洞に潜った際の千馗の剣捌きは、幼少時に武道を齧っていた燈治から見ても、鮮やかであると思う。



「んー……オレの場合、封札師仕様の道具のおかげであると思うけど」
「そうは言うけどよ、どんな力があったって、結局はソレを使う奴の腕に左右されるもんだろうが」
「まあ、それもそうだ」



一つ頷き、千馗は普段グローブに覆われている右手で、片側の目に触れる。



「あくまでオレの場合だけど……この”眼”のおかげなんだ」
「”眼”……?ああ、俺らには見えない奴が見えるっていう……」
「そう。個人差はあるんだけど、オレは……この”眼”を通して”氣の流れ”が視えるんだ」
「”氣”……?」



いまいち飲み込めない燈治に、千馗はのんびりとした口調で説明していく。




「どんな生き物でもそれ特有の”氣”を持っている。《力》を帯びた無機物もだけれど……これはまあ、特殊なケースだろうな。で、オレは殊更その流れを”眼”で知覚している。それで、だ」


一旦言葉を切り、千馗はおもむろに手を使って空中を斬るように動かす。
それは、洞での武器を扱っている時の動作に似ていた。


「隠人と対峙する場合、その”氣”の流れをほぼ無意識に追っているんだ。どうすれば、少ない動きで効果的に動く事が出来るか、とか。あとは、”氣”の流れの脆いところを上手く突ければ、一気に殲滅に持ち込める」
「……お前が言う、”弱点”って奴か」
「まあ、それについては他にもサポートしてもらってる部分もあるんだけど。そんな感じで、昔から感覚が研ぎ澄まされてきてるんだ。ある意味、経験って言ってもいいのかもしれない。少なくとも、反射神経にはそれなりに自信がある」



何でもない事のように言っているが、燈治には一生かかっても知る事の出来ない感覚のような気がしていた。
同時に、千馗がもう随分前から、そうやって”ヒトならざるモノ”と向き合っていたのだと知る。



「前から隠人を知ってたのか」
「いや。《隠人》というモノだと知ったのは、封札師になってからだ。それまでは、全て”ヒトでないモノ”で括っていたから」



そう言って、千馗は胸の辺りに左手を添える。
―――最近燈治が知った、千馗の癖だった。



「……そうか」
「でも、オレにしてみたらいきなり突拍子もない《力》を持ってしまって、それでもきちんとその《力》を使いこなしてる壇たちの方がすごいと思うよ」




《呪言花札》が齎した、特異な《力》。
七代は、《力》を使える自分たちが相応の”意志”を持っているからだと言うけれど。



(……それはきっと、コイツがすぐ傍に居たからだ)



自分も、穂坂も、飛坂も。
彼が傍に居てくれたから、《隠人》にならずに済んだ。



(こいつと居れば……少なくとも俺は、自分の《力》を正しく使える)



それは、短いながらも千馗の言動を近くで見てきた燈治の、確信にも似た想い。



「ま、これから大変だとは思うけどよ……よろしく頼むぜ」
「どちらかと言えば、オレの方が世話になる事が多そうだけど。特に飛坂辺りとか」
「ははッ。確かにな」


肩を竦めて息を吐く千馗の頭を、燈治がグシャグシャと掻き回した。




正道を貫く