花園神社。
紡がれ往く歴史の中に埋められた、徒人は知る事すらない真実を秘めた場所。
そこで宵の闇に紛れるように、交わされる密談。 「で?まだ続けるのかい?」
「決まってるだろ!!ボクは絶対諦めないからな!!」
小柄な影が拳を握り豪語する。
それを見ていた長身の影は、溜息混じりに了承していた。 風が吹く。
それは、新たなる波紋が出でる予兆のように。 「さっき入ってきた情報なんだけどね……今度の標的は、かなり有力だと思うよ」
「場所は」
「新宿は―――鴉羽神社」 気まぐれな風が運ぶ者たち。
それは吉兆を示すか、それとも――― 「それじゃまた後でね、七代君。遅刻しないように来るのよ。―――さあ。行きましょう、白ちゃん」
「はーなーせー!!離せと言うとるにー!!」 朗らかな朝の境内に、悲鳴じみた怒声が響き渡る。
至極楽しそうな担任と、喚きながらも為すすべも無く引き摺られていく花札の番人の背を、千馗は感慨深く見送っていた。 「何だかんだで仲が良いんだな」 ああしていると、年の離れた姉妹に見えなくもない。
当の番人が聞けば怒り狂いそうな感想を抱きつつ、胸中には懐かしいものが広がっていた。
どことなく、幼い頃の自分と”彼”を思い出す。
最も、”彼”に頭を撫でられた事はあっても、手を繋いだ事は無かったのだが。
……あったとしたら、それはそれで複雑な気分になりそうだ。 「はは。お嬢の前じゃあ、流石の白殿も形無しですね」
「鍵さん。おはようございます」
「おはようさんです、坊。これから学校ですかい?」 神使と交わす和やかな談笑。
ヒト為らざるモノたちとの会話は、いつも千馗の心から気詰まりを抜いてくれる。
例えそれが慣れぬ土地であっても、だ。 「もう、鍵さん。そんな呑気なおしゃべりをしてる場合ではないのです」 いい意味で緩んでいた空気は、狛犬の神使による慌てた声音で掻き消された。
彼女曰く、神社の入り口付近に怪しい人物が居るらしい。 「朝早くから参拝……ではなさそう、かな…?」
「ふぅむ……どれ、それじゃあ皆で見に行ってみやしょうか」 そうしていざ見に来てみれば、何故か羽鳥家の朝食メニューを一心不乱にメモしている人影を発見してしまった。
「ど、どうして、羽鳥家の朝ご飯をあんなに詳しく知ってるですか?」
「うーん。確かにこれは、怪しいですねえ……どうしやす、七代殿?」 しばし考え、千馗は件の人物に近づいていった。
朝早くから警察沙汰になるような事態は御免被りたいが、放っておくのもよろしくはない。 「あの、この神社に何か御用でしょうか?」
「食後、同居人と共に外出。服装から登校するものと推測。追跡開―――!!」 相手がメモから顔を上げた瞬間、目が合った。
よくよく見れば、顔立ちがまだ幼い気がする。
服装から推測するに、どこかの学生のようではあるが……。 「く、くそッボクの隠行が見破られるとは……この程度で勝ったと思うなよ、七代千馗!!」 何故か捨て台詞を吐いて走り去って行ってしまった小柄な人物を、千馗は半ば呆気に取られながら見送った。
………何故、自分の名前を知っているのだろう。
後になって奇妙な感覚に陥る。 「おやおや。随分とまあ、脚の早い御子ですね」
「七代さまにご用があったみたいですけど、それにしては怪しい方なのです……」
「……オレ自身にだけ目的があるなら構わないけれど……この神社の人たちに何かあるような事態は、頂けないな」 家主との約束だけでなく、自分自身がお世話になっている恩義がある。
それを仇で返すような事態だけは、何としても避けたかった。 そんな言葉に被さるように、狛犬の神使は千馗の手を勢いよく握る。
「七代さま!すずも陰ながら応援してるです!」
「鈴?」
「だから……だから今日も頑張ってくださいなのです!」 励ますように必死になってくれる彼女の言霊は、千馗をどこまでも優しい気持ちにさせてくれる。
だから、千馗も精一杯の微笑みを返した。 「ありがとう、鈴。頑張ってくるよ」
「はいです!」 そしてそれを見守っていた鍵が言葉を乗せた。
「おっと、そろそろ時間のようですよ。学生さんの本分は勉強だ。今日も頑張っていらっしゃい」
「行ってらっしゃいませです〜」 二人の神使に見送られ、千馗は學園への道を辿っていった。
ほんの少し、気掛かりを残しながら。