「東京の地下に眠るモノ……加えて、意図的に記録を消された節のある空白の歴史を持つ土地、か……」 郷土史家としての牧村から講釈された話を反復しながら、千馗の思考は動いていく。
確固たる論拠こそ無かったものの、鴉乃杜を含めた”東京”という街自体が、何らかの意図を持って造られていった事は伺えた。
ひょっとしたら、そこにはヒトの思惑など軽く超越した”外的要因”が作用しているのかもしれない。
その全てが《カミフダ》に繋がるとは限らないまでも。 (一度、伊佐地先生と連絡を取るべきか) 《呪言花札》と初めて”遭遇”した際、簡潔にまとめた事後報告のメールを送りはしたけれど。
これは下手をしたら、今後も尺を広げる可能性がある。
あくまで千馗個人の”勘”みたいなものだが……ただ《カミフダ》を回収して任務完了、とはいかない予感があった。 あれこれ考えているうちに着いた屋上への階段を登り、扉を開ける。
途端、微かに冷えた空気が千馗の肌を叩いた。
煮詰まっていた脳内がクリアになっていくような―――そんな開放感があった。 「ん?七代じゃねぇか」
「……壇」 フェンスに背を預けながらパンの袋を開けている燈治の姿を認め、千馗は目を細める。
そういえば、屋上が彼のテリトリーであった事を今更ながら思い出した。 「悪いけど、ちょっとお邪魔するぞ」
「別に追い返したりしねぇよ。お前の好きにしな。……なんなら座るか?こっち来いよ」 予想外に好意的な誘いを頂いてしまった。
とはいえ、ありがたい申し出なので便乗させてもらう。
元々、千馗は風を感じる行為が好きだった。
思考も想いも一時的に置き去りにして、ただ流れる《氣》を追いかける。
屋上のような開放的な場所は、存外心地が良かった。 (あの森も……鬱葱としているのに、吹き抜けていく風は心地がいいものだった) そうやって物思いに耽ていたのも束の間、ふともう一つ気配が鎮座している事に気付く。 「……ひょっとして、白?」
「ん?……ああ、さっきからあそこに陣取ってるぜ」 顎を杓った燈治に示された先には、確かに微動だにせず何かを探っている様子の番人がいる。
少し考え、敢えて距離を保ったまま話しかければ、軽く鼻を鳴らされた。 「ふん……それくらいの距離ならよかろう。ここより続く分龍がないか探っておるのじゃが……」 集中を要する探知行動の最中、学校特有のざわめきに白は辟易しているようだった。
そんな彼女の様子に、千馗も軽く息を吐く。 「今時分は……単に知識を覚えればいいという訳ではないから」 今より昔にヒト同士の柵が無かった訳では決してない。
学生というのの本分は学業というのは言うまでもないが、現代はそれに加えて様々な分野の知識・技術を学ぶ事もある。
あるいは……昔、自然に馴染んでいったモノを忘れてしまったが為に、必要以上に追い立てられているのかもしれない。
それは、古からこの国を見てきたであろう白のような存在には、滑稽にも見えるかもしれなかった。 「……別に其方個人を責めておる訳ではないわ」
「……七代、お前、騒々しいのって苦手なのか」
「……オレ、そんなに顔に出てた?」 何故か二人がかりで気を使われてしまった。
別に自分は殊更現代の世を憂いている訳でも、厭うている訳でもないのだが。
物事を私情を交えずに見るのと、悲観するのとでは意味合いが異なる。
……それが簡単に出来ないから、ヒトとは難儀な生き物なのだけど。
そんな風に心の内で締め括って、千馗は苦笑を溢した。
最近の千馗が見せる、最たる表情だ。 「まあ……喧しいが其方がこの學園に所属し、あの洞がある以上―――ここから目を背ける訳にはいかぬからの。仕方がない、大目にみてやろう……こうばいの品揃えも悪くないしの」