「初めまして。最近鴉乃杜に転校してきました、七代千馗と言います」



私の視線を物ともせず、時期外れな転校生は穏やかにのたまってみせた。





刑事という職業上、怪しいと感じたモノにはまず疑心暗鬼になる。
特に、前科のある者なら尚更。



「……おい。こいつは何もしてねぇぞ」
「友人としての証言か?ならばまずは疑ってかかるのが定石だ」
「てめぇ……何が言いたいんだよ」
「落ち着け、壇。こんな時期に編入してきたんだ、変に思われて当然だろう」



いきり立つ壇を止めたのは、意外な事に件の転校生自身だった。
さして気にしていない……と言うより、不躾な視線に妙に場慣れしているような様子。



「失礼ですけど、貴方は一体?」
「名乗るのが遅れたな。新宿署の富樫だ」
「え……じゃあ、刑事さん!?」



自身の立場を明かした事により、念のため同行している者全員の素性も把握しておく。
彼らは全員、鴉乃森學園の生徒―――ならば、丁度いい。




「最近、この辺りで妙な事件を見聞きした事はないか?多少、信憑性はなくともいい」



私の質問に、やはり躊躇なく七代は「是」と答えた。



「とは言っても…学校には付き物の七不思議系ですけど」
「…今はもう、さっぱり聞かねぇしな」
「後は剣道部でちょっとしたゴタゴタがありましたけど、内部の話ですから。怪我人も特に出ていませんし」


一見すると淀みない回答だ。
……だが。



「いたはずの怪我人が、何故か翌日全員完治して退院したという噂もあるがな」



私の言葉に、女生徒の一人が反応する。
が―――



「今時分は医療事故の類が多いですからね。実は軽い怪我だったのを誤診したか……あるいは意図的に重く診てしまった……なんて事、ありませんか?」
「し、七代くん…?」
「……おいおい」



にこやかに吐かれた強烈な台詞に、七代の級友たちはギョッとしたようだ。
言った本人は欠片も動じていないが。



「……食えない奴だな」
「少し、『普通』の高校生よりは世間の荒波に揉まれてきたので」



……確かに、先程から表情の動きが感じられない。
表情自体は微笑んでいるものの、それも見様によっては無表情と同等に感じられる。
そんな状況に、むしろ周りが焦れてしまったらしい。



「おい、もういいだろ。何かぎまわってんのか知らねぇが、俺たちには関係ねぇよ」



決して眼を逸らさない七代を庇うように、壇が私の視線を強引に引き剥がしてきた。
―――まったく。


「壇。お前、変わってないな」
「あぁ?」
「何かを庇おうとするときほど口数が増える」
「―――!!」



どうやら自覚はなかったらしい。
ひどく驚いた表情。


だが、それを見ていた七代は、おそらく今までで一番優しい顔をしていた。



「それが壇の長所だろう。ヒトは、自身に関わる事以外は存外無関心な生き物だ。特に今みたいな時世は、ね。そんな中で、誰かのために何かのために前に出れる姿勢はすごいと、オレは思うよ。壇は人を見る目はあるんだし、ただ渦中に突っ込むだけじゃないだろう?」



―――驚いた。
同年代で壇の事をここまで”評価”する奴がいる事もだが―――こいつの言い分は、ただ流されるだけの若者にはない”力”がある。



「―――お前、ただの高校生とは思えない観察眼を持っているようだな」
「あなたも、刑事としては確かな嗅覚ですね、富樫刑事」



やはり、会話自体は平行線。
だが、そこにあるのは確かに張られた薄い幕。
今はまだ、容易に跨げはしない。


「あの、わたしたち、本当に何も知りません。おかしなことなんて、何も……」
「…そうだな、恐らくは関係はないだろう……いまは、な」



これ以上は、どちらにとってもいたずらに時間を浪費するに留まるだろう。
ひとまずは、情報提供の協力だけでも促しておく。



「わかりました。ここからオレたちが通う學園までは距離がありますが、何かあれば連絡します」
「ああ、怪しいと思ったらすぐに教えてくれ」



噂の情報屋さえ捕まれば話は早かったんだが……仕方あるまい。



「時間を取らせたな。では」



不甲斐ない部下を怒鳴りつけながら、私はその場を後にした。
……おそらく、あいつらとはそれなりに関わる事になるだろうと予感しながら。