「七代千馗……呪言花札は、旋火流忍びが主家・西園寺より護りを命ぜられた宝だ。返してもらうぞ、この、泥棒猫ッ!!」 ……どうもこの件に関して、自分は勘違いのレッテルを貼られる運命にあるらしい。 「北条が選んだ護り手の事は妾とて知っておる……どうも話がずれておるな」
「な、何を言ってるんだ!!だって、コイツが……七代千馗が、じいちゃんを酷い目に遭わせて花札を盗んだんだろ!?」
「……悪いけど、オレはこの街に来るまで呪言花札の存在自体知らなかったんだ。そもそも、今オレが花札を手にしているのだって偶然が重なった結果に過ぎない」 そう、オレがこの場に居るのはあくまで偶然なんだ。
オレをここに派遣した上司だって、こんな事態になるとは思っていなかったろうに。
……もっとも、全てをただの”偶然”で片付けていいのかと言えば、疑問が残るけれど 「七代は妾の選んだ札の執行者―――この地に四散した札を集め、封じるのが妾たちの役目じゃ」
「な―――」
「国立国会図書館収集部特務課の封札師……<カミフダ>と称される特異な紙片を集めるエージェント、だったね。任務で花札を集めているのだろうと思ってはいたが、よもや執行者だったとは」
「まあ、封札師になったのはごく最近なんだけど」 本当に、新米の初任務としてはこの件は規格外にも程があるだろう。
でも、だからと言って――― 「―――花札を封印するというその役目、ボクに代わってくれ」
「………悪いけど、それは出来ない」 嘆く気には、なれないのだ。 「……おい七代、本当に良かったのか」
「香ノ巣のような手合いは本当に自身が納得しない限り、何と言っても暖簾に腕押しだろう。だったらいっそ、本人の気が済むようにした方が堅実だよ。少なくとも、アイツはおいそれと堕ちるような奴じゃない」
「………お前が納得してるならいいけどよ」
「まあ、所在が分かってるだけマシでしょ。問題は盗賊団の方ね……当面はここで張ってみるしかなさそうだけど」
「香ノ巣さんは、この花園神社で見かけたって言ってたものね」
「取り合えず、今日はもう解散しよう。大分日が暮れてるし、穂坂と飛坂は帰り道に気をつけてな」 どうにか日向の誤解を解き、情報屋である香ノ巣とのパイプも得ることが出来た。
新しい洞も見つかった事だし、これからも忙しい日々が続くのだろう。 「……七代」
「うん?どうしたんだ、白。改まった顔をして」 皆と別れた後、月明かりに照らされた番人の顔は複雑そうな色を宿していた。 「其方―――何故あの時、迷いもなく答えた」
「あの時……ああ、日向に執行者を代わって欲しいと言われた事か」 主君より呪言花札の護り手となる事を命ぜられたと言う、旋火流忍びの末裔。
直情的な面もあるようだけれど、根本にあるのは祖父を想い慕う気持ち。
結局は、己の知る後輩たちのように思いやりのある子なのだと思う。 「代わった方が良かったか?」
「そう言う事ではない!!」
「分かってる。単に言葉を交わすだけで簡単に役目を譲れるのなら、今までオレに言い聞かせたりしないものな。ちゃんとした護り手がいると言うのなら、尚更だ」
「………」 番人である彼女にとって、オレの存在は頗る微妙なものだろう。
それはオレ自身も自覚はしている。 「切欠やそこに込められた思惑は確かに幾つもあるんだろう。この流れが何を引き寄せる事になるかは、まだ分からない。それでも……手を伸ばして、選んだのは確かにオレの意思だから。始めたのなら、きちんと終らせないと。でなければ、咎は全て自分に反ってくる。あるいは、関わった人達にも影響が出るかもしれない」
「其方……」
「結局は自分のためだよ。何より、こんな中途半端で放り出したら壇たちに申し訳ない」 己が決めて始めたのなら、最後までやり遂げる。
それがオレの”矜持”であると同時、あの人から教わった事でもある。
胸に手を当て、一呼吸。
夜の冷えた空気が、肺をひっそりと満たしていった。 「……其方は……それが、自ら望んだものでなくとも、そう言えるのか」 振り返れば、先程よりも複雑さを増した顔。
それに、敢えて苦笑を返した。 「ヒトの歩む道筋全てが望んだモノだけで織り成されるなんて、どだい不可能な話だろう?言ってしまえば、オレがこうしてここに居る事自体が偶然が重なった結果の現れなんだ」 偶然も重なれば必然となる……なんて言い切れる程、オレは人生全てに悟りを開いた訳ではないけれど。 「それに、オレ自身知る事が出来て良かったと思ってるし」
「何じゃと…?」
「封札師になって知った事。この地に来て知った事。オレは覚えていくよ、自分の記憶が続く限り……忘れる事も、忘れられていく事も……寂しいものだろう?」 今度こそ目を見開く白に、オレは小さく笑った。 全てをヒトの限りある記憶の内に留めておくのは難しい事だけど。
でも、可能な限り、覚えておきたいんだ。
それは、オレの糧となってくれた事柄への感謝の気持ち。 「ヒトは解せぬ存在じゃと常々思うておったが……其方は更に解せぬ存在じゃな」
「はは、これがオレという存在の在り方だから。……でなきゃ封札師になんて、なろうとは思わなかっただろうしな」 半目になった札の番人を尻目に、オレは見事に天上に在る月を見上げながら口元を緩めた。 「ああ、香ノ巣が言った通り、今日は良い月夜だな―――」