揺ら揺らと景色が揺れている。
座席に凭れ、頭の片隅でそんな事を思いながら、いちるはぼんやりと流れる景観を見つめていた。
今からいちるは京都に向かう。
封札師としての、必要最低限の知識を得るためだ。


身体には、今日の試験による疲労が確かに残っている。
だが、その疲労を上回るように、いちるの気は様々な要因で高まり燻っていた。



脳裏には、ほんの数時間前の事が鮮やかに蘇る―――。










「危険な目に遭わせてすまない」





今にも天井が崩れそうな緊迫した状況の中で、その声音はどこまでも静かに響き渡った。




背を向けているのは、つい先程まで共に試験を受けていた仲間
引き止めたいのに、いちるの身体はまるで金縛りに合ったかのように動かなかった。




彼の眼差しが、どこまでも静か過ぎて。




何か、何か言わないと―――





「………そうじゃないだろう」





ふいに、それまでの空気が一変した。
弾かれた様に横を向けば、そこには強い光を湛えた瞳。


「七代クン……?」




もう一人の仲間―――自分と背を向け、今にも去ろうとしている青年を、ここまで引っ張ってくれた人。
彼が居たからこの試験は合格出来たのだと、いちるも青年も知っている。



「切欠はどうあれ、オレも武藤もここまで来たのは自分の意志だ。そして、オレたちを信じ共に来る事を了承したのはお前だろう、雉明」
「……七代」
「お前にどんな事情があって、その胸中にどんなものを抱えているのか……今のオレには分からない。けど、そんなものオレにとっては取るに足らない事だ―――お前と武藤は仲間だ。こんなオレに二人は信頼と絆をくれた。そして、オレも二人を信じると決めた……それだけで、十分だ。信じた仲間を想う事に、特別な何かなんていらない」




それは、少しの怒気とそれ以上の真摯な想いを込めた言葉。
隠人を相手にする時も、《隠者の杖》で己の手の甲を貫く時ですら取り乱さなかった人が吐き出す、嘘偽りのない言霊。





彼の言葉は不思議だ。
心の内にストンと上手く収まってしまう。
彼自身は平静そのものなのに、その瞳の奥には常に光が灯っている。


「―――だから、”すまない”なんて謝罪はいらない。そんな言葉は受け取らない」




静かな、それでいて確かな強さを持った瞳が、真っ直ぐ雉明クンに向けられた。
そして、




「……きみの言葉は不思議だな、七代。どこまでも、温かい―――」




雉明クンは、今まで見た中で、一番穏やかだと思える表情で、


「……ありがとう、七代、武藤」




行ってしまった。















「アイツ自身が言ったんだ。『いつか、話せることもあるかもしれない』と。だから、その言葉とソレをくれた雉明を信じればいい……この刻印が、その証だろう?」





洞窟を脱出して、沈んでいたあたしに七代クンはそう言って叱ってくれた。
それだけで、あたしは力が沸いてきたんだ。


「………あたしは、七代クンのことも、雉明クンのことも信じてる」




まずは、苦手だけど勉強を頑張ろう。
早く七代クンの助けになれるように。
そして、二人でいつか雉明クンの話を聞くんだ。



「よぉーーしッ!」




この刻印が、あたしたち三人の絆の証。