「長い一日…だったな…」 自室の窓から僅かに覗く淡い月光を見つめながら、千馗は一人ごちた。
奇跡すら許されると称された聖夜の前日。 たくさんの言葉を貰った。
たくさんの想いも預かった。 だから自分は選ぶ事が出来たのだ――――定められていた宿命とは、また別の道を。 「《秘儀を伝授されし者》、か…」 この眼が、常人には捉えることの出来ない事象を映すことに気づいたのは、一体いつだっただろうか。
全ての鍵を握るであろう人物から言わせれば、己の持つ眼は<秘法眼>とはまた別の次元の力を宿しているのだと言う。 「………けど、大事なのはそこじゃない」 この眼がどんな力を宿していようが、自分が譲れないのはただ一つ。
それさえ護れるなら、自分は――――― 「…………七代」
思考に陥っていた千馗は、その場に静かに響く声に視線を上げた。 「……雉明」 襖の向こう、暗闇溶け込んでいるようで確かに存在を主張している姿が居る。
静かな視線は、ただ千馗の姿を映していた。 「……そっちに行ってもいいだろうか。きみと…話がしたいんだ」 直球の言葉に千馗は目を瞬くものの、苦笑しながら頷いた。
長くはないが短くもない付き合いで、零の直接すぎる言葉には慣れてきたものだ。
了承を得た零は微かに笑みを浮かべながら、室内に入った。
千馗も窓へと向けていた身体を転じて、零と向き直る。
「………なんだか、今でも信じられない。こうして、きみと近くで話せることが」
「雉明とはいつも駅前で話すだけだったからな…俺も、なんだか不思議な気分だ」 つい先ほど、洞でお互いの譲れないもののためにぶつかり合った身とは思えない、穏やかな気分だった。 「なぁ、雉明。俺は嬉しかったよ。お前の気持ちも…武藤の気持ちも」
「…七代…?」 訥々と語り始めた千馗に、零は瞳を瞬かせた。
それにやはり苦笑を零しながら、千馗はなおも言葉を続ける。 「武藤もお前も、俺の身を心から案じてくれた。その想い全てで、俺に全力で向かってきてくれた。……二人だけじゃない。壇や穂坂に飛坂、長英や蒐…牧村先生に他校の皆、喫茶店のマスター、富樫さん、カルさん…伊佐地さんや…筑紫さん」 俺に関わってくれた全ての人たちが、俺に教えてくれたんだ。 「……多分、皆がいなかったら、俺は素直に《呪言花札》を封じて終わりにしていたよ」
「っ…七代」 思わぬ告白だったのだろう、零の顔が見るからに強張った。
それに、千馗は微笑むだけ。 「清司郎さんを責める気はないよ。……朝子さんがいなくなったら、きっと鈴や鍵さんだって悲しむ。佐波守さんも、譲れないものがあると言っていた。……皆、護りたいもののために行動を起こしたんだ。俺に、一方的に責める権利なんてないさ」
そう言って穏やかに笑う千馗を、零は瞬きを忘れたように見ていた。 彼は、笑っている。 ――――どこか、泣きそうな雰囲気でありながら、それでも笑っている。
「――――――千馗」
おもむろに零の腕が伸ばされた。 それに気づいた時、千馗は零の腕の中にいた。
「………雉明?」
「…千馗。俺は、俺の全てできみの力になる」
静かに紡がれる言霊。 洞でも聴いた言の葉は、今一度誓約として発せられる。
「きみが見据える未来を、きみと一緒に見たいんだ」
赦して―――くれるだろうか?
静かな決意と意思。 なのに、あくまで自分に赦しを請う零に、やはり苦笑してしまう。
「俺が、零に傍に居て欲しいんだ」
零も白も、花札たちも――――俺にとっては、もうかけがえの無いものなんだよ。
優しい声音で紡がれる言葉に、零は千馗の肩に顔を埋めるように伏せた。
「………やっぱり、千馗は、あたたかい」 「……大げさだな、零は」
先は未だ見えない。 けれど、心は既に定まっている。
長い夜と君を見た月
――――どこまでも、信じられる友たちと、共に。