こくり、こくりと頭が揺れるたびに薄紅梅色の髪がさらりと動いていた。
それを見咎めた人ならざぬ者は、思わず声を上げる。


『おい、レイジ』
「う……」


強めに出された声音に応えるように、微かな呻きが漏れた。
そしてゆっくりと薄紅色の瞳が現れていく。


「ユキヒメ…?」


寝起き特有の些か掠れた声に、刀の化身である少女は眉根を寄せた。


『寝るのならばこんな所ではなく、部屋のベッドを使わぬか。風邪でも引いたらどうする』
「うーん……寝るつもりはなかったんだけどなぁ……」


頭をかきつつ、クエストのための編制を考えていたと口にする己の使い手に、ユキヒメはしかつめらしい声を上げた。


『バカモノ!そのような大事を考えている最中に転寝をする奴があるか!!』
「う……わりぃ……」
『……疲れているのなら潔く休息を取れ。体調管理は戦う者の基本だぞ』
「そりゃそうなんだけどさ……気のせいかもしれないけど、俺が行けば皆ほっとしたような顔をするんだよな」
『それは……』


眉尻を下げつつ言われた言葉に、ユキヒメも思わず言葉に詰まってしまう。
……それがレイジの気のせいなどではなく、真実であるがために。



ダークドラゴンとそれを擁するドラゴニア帝国を倒した後、世界はすんなりと丸く収まるというわけにはいかなかった。
帝国によって齎された被害は未だ色濃くヴァレリア各国に残っており、また一度精霊王が害された事により起こった自然災害の影響も強い。
故にレイジを中心とした「シャイニング・フォース」の面々は、各町の人々から寄せられる要望を仲介屋を通して少しずつ聞いていく事にしていた。
そして依頼のほとんどはレイジが自ら足を運んで吟味しつつ、必要な人選を行った後に出撃するという流れで解決しているのだが……。



「帝国とダークドラゴンを打ち倒した勇者」
それがこの世界におけるレイジの認識のされ方だ。
長く帝国の支配による辛酸を嘗めさせられた人々にとって、彼は正しく「救世主」であった。
また、帝国の脅威が振るわれていた頃、彼が町の人々のためを思いあちこち走り周っていた事は知られている。


だから皆、レイジに依頼したがるのだ。
彼のその心根の在り方と、それに裏付けされたような強さを慕って。
また、彼もそんな人々の気持ちを無意識に感じ取っているのだろう。
自主的に町から町を渡り歩いては、こまめに仲介屋を覗いているのだから。


とは言え、それで彼が倒れでもしたら本末転倒である事を、このいまいち自身の事については鈍感な使い手に教えねばなるまい。
そう思い、ユキヒメは再度諌めるための言葉を口にしようとしたのだが。


「ああ、レイジ。ここに居たのね」
「あれ?リンリン、どうしたんだよ」


つい、と突然現れた黒猫にレイジは目を丸くした。
目付け役でもある彼の猫は丁度レイジが座っていたカウチの肘掛に飛び乗ると、そのままちょこんと座り金色の瞳を向ける。


「貴方が今日受注していた依頼だけど、私とサクヤで人選して行ってくる事にしたのよ」
「へ…?」


思わず間の抜けた声を出したレイジに、黒猫は器用に肩を竦める仕草をしてみせた。


「鏡で自分の顔をよく見てみなさい。そんな顔色じゃ、アルティナ辺りに見つかったらお小言じゃ済まないわよ」
「う…そ、そんなにひどいのか…?」
『それみろ。誰がどう見ても指摘されるのは目に見えておる』
「まあ、よほど鈍い人でない限りは気付く事よね」
「うぅ……」


多少なりとも自覚はあったのか、二重の諌言にレイジは肩を縮こませる。
そんな少年の様子にリンリンは小さな笑いを零すと、「後の事はこちらにまかせて、ゆっくりと休みなさい」と告げ部屋を出ていった。
一方、残された疲労困憊者に反論の余地などあるわけがなく。
刀の精に追い立てられるまま、ベッドの中に押し込まれるのだった。






「……眠ったか……」


刀から人身へと姿を変えたユキヒメの視線の先には、寝息を立てる少年の姿があった。
やはり疲れが溜まっていたのだろう、シーツに収まって少しすればレイジはあっという間に寝入ってしまった。


いくら彼がダークドラゴンを倒した勇者であったとしても、その身体は人間なのだ。
疲労がピークを迎えたのならば、こうなるのは当然とも言える。


「むしろ戦闘中に倒れずに済んで良かったと言えるか……」


そんな事になったら本当に大事になってしまっただろう。
彼の事を慕っているのは何も町人だけではないのだ。


そっとユキヒメは眠るレイジの顔を覗き見る。
普段意志の込められた瞳は閉ざされ、疲労のせいか些か肌の色も悪い。
微かに上下する胸元と口元から漏れる呼気が、彼の揺るぎない生を伝えていた。


「まったく……人に言われる前に適度な休息も取れぬようでは、勇者の名が泣くぞ」


ぽつりと零された言葉を聞く者はいない。
そのままぽすりとユキヒメはレイジの眠るベッドの端に頭を乗せた。


「あまり心配させるな……」


小さく落とされたのは祈りにも似た言の葉だった。
霊刀に見守られた少年は穏やかな眠りの淵に付き続けていた。